歴代ランキング

感染症の死者数ランキングです。世界を襲った感染症の死者数を調べました。1位は黒死病(ペスト)。2020b年の新型コロナウイルスはエイズを超えて5位になる見通しです。伝染病の歴史について。 (戸川利郎)

■ 感染症の死者数ランキング
順位 病名 死者数
黒死病(ペスト)

1347年~1351年
2億人。中世ヨーロッパ社会を崩壊に導いたとされる。歴史上、人類に深刻な災禍をもたらしたパンデミー(世界的流行病)は少なくないが、なかでも世界的な広がりと深刻さにおいて群を抜いている。

1348年からはじまったヨーロッパでの大流行では、当時の人口の4分の1(都市では2分の1)、約2500万人が死亡した。 その前後、中国、中東を含めた文明世界全体では約6000、7000万人の命が奪われたと推定されている。
天然痘

1520年
5600万人
スペインかぜ

1918年~1919年
4000万人~5000万人。 二十世紀に入ると新型のインフルエンザが周期的に発生。一九一八年のスペインかぜでは全人類の約三割が感染し、死者は四千万人以上に及んだ。

1918(大正7)年から翌年にかけ世界的に猛威をふるった。

主要な感染の元は、米国と中国だとされる。 米国からは1918年、第一次大戦に参戦した米軍兵士により、フランス、イギリス、スペインなど欧州各国に蔓延(まんえん)した。アジアでは中国全土に広まった後、インドや日本などアジア各国に感染していった。世界中での死者は4000万人に上り、14世紀に欧州を襲ったペスト(黒死病)に匹敵するといわれた。

日本ではスペインで大流行したというので「スペイン風邪」と名づけられた。国内感染者は今回の新型インフルエンザの予測数に近い2300万人で、死者は38万人以上に上ったとされる。

日本人がいかに、この風邪を恐れたかは、志賀直哉の短編『流行感冒』に描かれている。十数年後にインフルエンザウイルスが発見されるまで、風邪の正体がわからなかったことが恐怖感をいっそう強めたのだ。
ペスト・東ローマ帝国での流行

541年~542年
3000万人~5000万人
新型コロナウイルス

2020年
2500万人以上万人
エイズ

1981年~現在
2500万人~3500万人。

一九八三年、最初にエイズウイルスを発見したフランス・パスツール研究所のL・モンタニエ博士はこのウイルスをLAV(リンパせん症ウイルス)と呼び、翌年に発見したアメリカ国立ガン研究所のR・ギャロ博士はHTLV-3(ヒトT細胞指向性ウイルス3型)と命名。現在はHIV(ヒト免疫不全ウイルス)という名前で統一されている。

エイズの蔓延は同時に、一九六〇年代以降アメリカで進行した大胆な性開放に歯止めをかけることになった。そしてエイズの原因究明と治療薬(法)の開発に、文字通り官民が一体となって莫(ばく)大なエネルギーと経費をつぎ込むこととなった。一九八六年には当時の金で一億ドル(約二百十億円)が対策費として、またフランスでは二十億フラン(約五百六十億円)の予算が検査のために計上された
ペスト・19世紀の中国とインドで流行

1855年
1200万人
ペスト・ローマ帝国の疫病

165年~180年
500万人
ペスト・17世紀の大疫病

1600年
300万人
10 アジアかぜ

1957年~1958年
110万人

感染症の歴史

感染症の歴史は古く、紀元前の時代から人々を苦しめてきた。エジプトで発掘されたミイラには天然痘の痕が残る。ペストは六世紀、ビザンチン帝国(東ローマ帝国)で大流行。十四世紀には「黒死病」として欧州全域で猛威をふるい、全人口の三分の一もが死亡したとされる。

また、産業革命で都市の人口が増えると、病原菌が空気感染する結核が流行した。天然痘やインフルエンザのように、細菌とは別の病原体(ウイルス)による感染症も人類を苦しめてきた。

西欧世界が経験した疫病の歴史をおおまかにたどってみると、14~17世紀のペスト(黒死病)、コロンブスのアメリカ航行によってもたらされた15世紀の梅毒、17~19世紀にかけての天然痘、腸チフス、コレラ、19~20世紀の結核、インフルエンザ、20世紀のエイズ等があげられます。

二十世紀後半からは、エボラ出血熱やラッサ熱、新型肺炎(SARS)など新たな感染症が相次いで現れている。これらのウイルスに対する備えは脆弱(ぜいじゃく)だ。

病原菌やウイルスは文明の興亡にも影響を与えた。16世紀にメキシコのアステカ帝国、ペルーのインカ帝国が滅んだのは、スペイン人が感染症を持ち込み、それらに免疫のない現地の人々が倒れたことも原因の一つだといわれる。感染症が歴史に果たした役割は、ウィリアム・マクニールの「疫病と世界史」、ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」などに詳しい。

感染症を専門とする理化学研究所の加藤茂孝氏によると、先進国では1950年あたりを境に死因が劇的に変わったという。20世紀の前半は肺炎、胃腸炎、結核が3大死因だった。いずれも、おもに病原菌やウイルスによる病気だ。だが、20世紀後半になると、がん、脳血管障害、心臓疾患が取って代わる。

感染症による死者が減った大きな理由は抗生物質の発見だ。1929年に青カビから見つかったペニシリンが第2次世界大戦中に実用化され、その後もさまざまな抗生物質が登場した。

いまも、抗生物質の効かない耐性菌や、高齢化にともなう肺炎などの問題がある。そもそも、ウイルス感染症には抗生物質がきかない。新たな感染症も現れる。闘いは今後も続く。





関連ニュース

人類とウイルス、闘いの系譜 今度の敵はケタ違いだ

2020年4月13日、朝日新聞

新型ウイルスの猛威は過去の主な感染症と比べても群を抜いている。

新たな敵と人類の闘いがどのような展開をたどるのかを、歴史から読み解く。

「コホッ、コホッ」

スティーブン・ソダーバーグ監督の映画「コンテイジョン」(2011年)は、グウィネス・パルトロウ演じる女性がせき込むシーンで始まる。商用で香港を訪れた彼女が米国の自宅で謎の死を遂げたのと同じ頃、世界の大都市で次々と人が死亡。人々は誤情報に踊らされ、街では強奪が横行、世界は大混乱に陥る。原因は新型ウイルス――。

9年前の映画が今の世界を予見しているように見えるのは、人類がこれまでに幾度となく病原体との闘いを繰り返してきた経験があるからだ。東京医科大学病院の濱田篤郎教授(渡航医学)はこう指摘する。

「農耕社会が始まって何千年もの間、感染症は人類にとって大きな脅威になってきました。集団で生活することによって、空気感染や飛沫感染が起きやすくなる上、動物を家畜にすることで動物の感染症がヒトの世界に入ってきたためです」

世界人口の4割が死亡

古くは2400年以上前、ギリシャでアテネとスパルタが争った「ペロポネソス戦争」のころに、アテネで多くの人々が亡くなる疫病が流行した。アテネの没落につながったとも言われるが、今も何の疫病だったのかは分かっていない。

医療ジャーナリスト、サンドラ・ヘンペル氏の『ビジュアル パンデミック・マップ』(日経ナショナルジオグラフィック社)によれば、記録に残る最初のペストの流行は、6世紀に現在のトルコ・イスタンブールで始まり、東ローマ帝国の皇帝の名から「ユスティニアヌスのペスト」と呼ばれるものだという。「世界の全人口の33~40%が死亡した」との記述もある。

そして、濱田教授が注目しているのは14世紀にヨーロッパなどで流行したペストだ。

「人類としては最も被害が大きく、本当に絶滅の危機に近いほどの死亡者が出たペストでした。ヨーロッパだけで3000万人くらいが亡くなっていると言われています」

この14世紀のペストについて、ニッセイ基礎研究所の篠原拓也・主席研究員はこう話す。

「ヨーロッパで当時暮らしていた1億人ほどのうち、大流行した数年間でそれほどたくさんの人が亡くなるわけです。町中に死体が捨てられて、触った人たちも次々に感染する。一般市民に情報も届きにくい時代で、死者数だけでなく、人心に恐怖を与えたという意味でも影響は相当なものがあったと考えられます」

20世紀に入ると、最大で約5000万人が亡くなったとも推計されるスペインかぜが流行した。天然痘は1980年に撲滅されたが、その後も新たなウイルスの出現と、治療薬やワクチンの開発が繰り返されている。

過去1000年になかった

ところが、濱田教授は今回の新型コロナウイルスは、これまでに経験した感染症とは違うと感じている。

「動物からヒトに感染した病原体があっという間にパンデミック(世界的な大流行)を起こすという経験は、少なく見積もってもこの1000年ほどはなかったのではないでしょうか」

濱田教授は、今回の感染拡大に至るまでに、「20世紀後半以降くすぶり続けていた状況」があったと受け止めている。

アフリカで1970年代後半から広がったエボラ出血熱。マレーシアで1998年以降に感染が見つかり、脳炎などの症状を引き起こしたニパウイルス感染症。2002年~2003年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)や、2009年にパンデミックを引き起こした新型インフルエンザ。2012年に中東で患者が初めて見つかり、韓国でも38人の死者を出した中東呼吸器症候群(MERS)――。

未知のウイルスが動物からヒトに感染して流行する。その背景には人口増加が関係していると、濱田教授はみている。

「特に第2次世界大戦後、人類がアジアやアフリカなど世界中の至るところで開発行為を進めました。これまで接することのなかった動物との接触を繰り返すことで、未知の病原体の感染が広がってきたと考えられます」

過去の感染症と人類との闘いから、今回の新型コロナウイルスの感染拡大はどのような見通しが立てられそうか。

前出の篠原氏は「日本は少なくとも、感染が広がる欧州と比べて国境管理がしやすい利点があります。衛生環境も比較的良く、健康保険の制度もしっかりしているため、すぐにパニックになる必要はないでしょう」。

ワクチン開発がカギに

ただし、今の段階でまだ安心できる要素があるのかどうかは分からない。濱田教授は、WHOが公表しているSARSの終息までにかかった時間と感染者数を表すグラフを示しながらこう話した。

「グラフから読み取れる感染者の増え方は似ていても、感染者数の規模が全く違います。SARSはパンデミックにならず半年ほどで収まっていますが、今回はそうはいかないと考えられます。いったん終息することはありえますが、完全に終わるのはワクチンができるまで無理ではないでしょうか」

治療薬がないまま感染が広がるウイルスに、パニックはまだ続くかもしれない。まずは自らが感染しないこと。そして、感染してもうつさないこと。そんな行動が必要だ。


感染加速、世界100万人 コロナ死者5万人

2020年4月3日、朝日新聞

世界の新型コロナウイルスの感染者数が日本時間の2020年4月3日午前、累計で100万人を突破し、死者数は5万人を超えた。米ジョンズ・ホプキンス大学による4月3日正午現在での集計では、感染者が最も多いのは米国で約24万5000人。ドイツが約8万4000人と中国を追い抜き、米国、イタリア、スペインと合わせた欧米4カ国で50万人超と全体の半数以上を占めた。

ジョンズ・ホプキンス大によると、感染拡大は181の国・地域に及ぶ。2019年12月上旬に中国で初の発症者が出たとされ、2020年3月7日に感染者数は10万人を超えた。世界保健機関(WHO)は3月11日に世界的な流行を意味する「パンデミック」と認定。3月27日に50万人に達してから1週間で倍増した。3月30日以降、1日で7万~8万人増と拡大ペースが速まっている。

感染者が最も多い米国は過去1週間、1日当たり2万人前後が増える勢いだ。死者は約5900人。イタリア、スペインはいずれも感染者10万人、死者数1万人を突破。ドイツは3月25日以降、感染者が1日当たり約5000人増のペースを見せ、フランスは死者数が5000人を超えた。

ジョンズ・ホプキンス大は、日本の感染者を2495人としている。朝日新聞の集計では4月3日午前0時時点で、日本国内の感染者の総数はクルーズ船の関係者を含め計3495人で、死亡者は計84人となっている。

後手の米国、1カ月で24万人

感染者が激増しているのが米国だ。約1カ月前に確認された感染者は100人程度だったが、いまは24万人以上と世界最多。政府は3月中旬になって在宅勤務の奨励や外食の自粛などの呼びかけを始めたが、地域によっては3月末まで規制がなく、爆発的な患者増につながっている。

感染者の4割は、最大都市のニューヨーク市があるニューヨーク州が占めるが、他州にも広がりつつある。南部ルイジアナ州では4月2日に2700人以上の感染が確認され、合計が9000人を突破。エドワーズ州知事は会見で「衝撃的な結果だ」と述べた。ルイジアナ州では2月末にニューオーリンズで、南米やヨーロッパでも開かれるカトリックの伝統行事「マルディグラ」のパレードが開催された。

当時は米国で確認された感染者は数十人で、にニューオーリンズ市当局は何の警告もしなかったという。結果的に、例年通りに数万人が集結し、感染が広がったとみられる。

トランプ米大統領は3月31日の会見で「ルイジアナでは何もなかったが、マルディグラの後でロケットのように増えた」と述べた。

他の州では、対策がさらに遅れた。米国では2月末から3月にかけてが大学の春休みにあたる。「若者は重症化しにくい」との情報もあり、南部フロリダ州のビーチでは学生らがパーティーをする姿が見られた。春休み明けの学生の感染が各地で報告されている。フロリダ州が全土に外出禁止令を出したのは4月1日だった。

欧州、医療崩壊の危機拡大

米国より一足先にコロナ禍に大揺れしている欧州では「医療崩壊」の危機がじわじわと広がっている。

死者が世界最多の約1万3000人に上るイタリア。2月下旬から集団感染が起きた町を封鎖し、3月10日には全土で不要不急の外出を禁止したが、ウイルス封じ込めに失敗。患者が病院に殺到した。

イタリアでは過去の医療費削減で医療体制が弱まっていたこともあり、患者が集中した北部では医療機器が間に合わず、医療従事者の人手不足も深刻化。容体を見て人工呼吸器を割り当てざるを得ない事態に陥った。

死者数が1万人を超えたスペインや、5000人を突破したフランスも同様の危機に直面している。

「イタリアとスペインは同じ立場でウイルスと闘っているが、この緊急事態がいつ終わるかは分からない。欧州が一体となって素早く対応することが、唯一の解決策だ」。イタリアのコンテ首相は4月2日、スペインのテレビのインタビューで苦しい現状を語った。

イタリアを2~3週間遅れで追う英国は、医療崩壊に陥らないよう矢継ぎ早に対策を打っている。

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「生活必需品や1日1度の運動以外、外出は許されない」。3月23日、ジョンソン首相はビデオ演説で訴えた。生活必需品を扱う店以外は閉鎖し、公の場に3人以上が集まることを禁止。従わなければ罰金とした。ただ、当初の対応が緩かったことが響き、死者は急増。4月2日までに約3000人に達した。

免疫ない病原体、過去にも

14世紀に大流行し死者は1億人とも言われるペストによる「黒死病」。第1次世界大戦の最中に起き、数千万人の命を奪ったインフルエンザの「スペインかぜ」。人類が免疫を持たない病原体は、過去にも爆発的に感染を広げ、社会の姿すら変えてきた。

コロナウイルスも過去に新種が登場し、脅威となった。2002年~2003年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS<サーズ>)はアジアなどで8000人以上が感染。2012年には中東で中東呼吸器症候群(MERS<マーズ>)が発生した。ただ、SARSは発症すれば重症化し、患者をすぐに隔離することで、封じ込めに成功し、爆発的な感染拡大には至らなかった。

一方、新型コロナウイルスは感染が拡大しやすい特徴がある。感染しても発症しなかったり、発症後も多くがかぜの症状ですんだりするため、感染に気づきにくい。発症直後からウイルスをうつしやすく、無症状でもウイルスをうつす可能性が示唆されている。検査には資源も精度も限界がある。新型コロナウイルスが現時点でどれぐらい世界で広がっているか、全貌(ぜんぼう)は見えていない。

■ 国際的に問題になった感染症
病名 概要
スペインかぜ

1918年~1919年
世界的流行で2000万~5000万人が死亡。日本でも38万人の死者が出た
エボラ出血熱

1976年~
アフリカで確認され、繰り返し流行。2014年にも再燃し、1万人以上が死亡
重症急性呼吸器症候群
(SARS)


2002年~2003年
香港を中心に流行し、世界で8000人以上が感染、約800人が死亡
中東呼吸器症候群
(MERS)


2012年~
サウジアラビアで初めて感染を確認。中東諸国を中心に広がり、800人以上が死亡
新型コロナウイルス

2019年~
中国で肺炎が流行し、世界中に感染が拡大。感染者は世界で100万人を超えた

感染症の歴史 ペストから新型肺炎まで

2020年3月7日、朝日新聞

新型コロナウイルスによる肺炎が世界に広がり、各国とも対策に追われています。人類の歴史は感染症との闘いの歴史であり、衛生状態の向上やワクチン・治療薬の開発などを通じ、制圧に成功した感染症もある一方、未知の病原体による新興感染症の流行はいまも繰り返されています。

古くから知られる感染症にペストがあります。東ローマ帝国などでの流行の記録が残り、14世紀には世界的な流行で1億人が死亡したとされ、「黒死病」と呼ばれて恐れられてきました。

「悪性の空気」が感染源と考えられた時代があり、17世紀のイタリアでは医師は全身をガウンで覆い、空気の浄化作用を期待して香辛料を詰めたくちばし状のマスクをして治療にあたったといいます。

1918年~1919年に世界で流行し、2000万~5000万人の死者を出したインフルエンザ「スペインかぜ」もよく知られています。第1次世界大戦の最中で、米軍の兵士の間で流行が始まり、船で欧州に移動した結果、戦場で各国の軍隊へ広がったようです。

インフルエンザの感染経路は主に、感染者が触れた物を通じた「接触感染」と、せきやくしゃみを通じた「飛沫(ひまつ)感染」です。それはスペインかぜの当時から知られていました。日本の内務省衛生局が公表した「流行性感冒」には、「病人やせきをする人に近寄らない」「人ごみを避ける」「手ぬぐいなどで鼻や口を覆う」といった、現在とほぼ同じ対策内容が盛り込まれていました。しかし、当時は医学的な対処には限りがあり、日本でも流行を食い止められず、38万人の死者が出ました。

近年はさまざまな病原体の発見とワクチン開発が相次ぎ、感染症対策は急速に発展します。例えば天然痘は、世界保健機関による撲滅計画が進み、1980年についには制圧に至ります。

とはいえ、病原体が不明な感染症はいまもたびたび流行を繰り返しています。2002年に香港を中心に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)やアフリカのエボラ出血熱などです。

コロナウイルスを病原体とするSARSは、世界で8000人以上が感染、約800人が死亡しました。このとき話題になったのが、1人で極端に多くの人に感染させる「スーパースプレッダー」と呼ばれる事例です。専門誌に掲載された論文には、中国の病院で別の病気の治療目的で受診した男性が33人に感染させた事例などが紹介され、香港とシンガポールでは感染者の7割以上がスーパースプレッダーからの感染とみられます。

初期のスーパースプレッダーの事例に「腸チフスのメアリー」があります。1900年代初頭に米ニューヨークで流行した腸チフスの感染源となった1人のアメリカ人です。メアリーは症状の出ない不顕性感染者で、2000年~2007年に1人で51人を感染させ、うち3人が死亡しました。

新型コロナウイルスは中国・武漢市(湖北省)の市場で野生動物から人に感染し、人から人に感染するに至ったとみられています。

ウイルス学が専門で、感染症の歴史に詳しい山内一也・東京大名誉教授によると、人間の体内にいるウイルスはもともと動物から来ており、歴史的にみれば、野生動物との接触によって人に感染するウイルスは繰り返し出現してきました。「今回はウイルスそのものより、人口が密集し、人やモノが国境を越えて地球規模で移動するグローバル化がかつてなく進む中国で起きたことに特徴がある」と話しています。

これから

感染症との闘いは、個人の人権保護と、社会全体を守る公衆衛生という2つの課題のぶつかりあいの歴史でもあります。十分な医療手段がなかった時代に比べ、近年は衛生状態が向上し、医療設備も整備されていますが、人権意識の高まりもあり、先端技術を上手に活用したさらなる対策が求められそうです。


こちら特報部 新型肺炎「やってはいけない対応」

2020年2月20日、中日新聞

ペスト・スペイン風邪…感染症と闘いの歴史

人類の歴史は感染症の歴史といっても過言ではない。6世紀にペストがビザンチン帝国(東ローマ帝国)で流行し、14世紀に「黒死病」として世界的に大流行。欧州では人口の3分の1に当たる2000万~3000万人が死亡したとされる。

20世紀に入ると新型インフルエンザが発生し、1918年にその1つのスペイン風邪が大流行。患者数は世界の人口の25~30%、死者数は4000万~5000万人と推計されている。近年も2009年に新型インフルが世界的に流行し、エボラ出血熱やジカ熱でも多くの感染者が出た。

米CDCに比べ少ない予算

こうした歴史から、各国は感染症対策に力を入れている。中でも「世界最強」とされるのが、米疾病対策センター(CDC)。年間予算は8000億円、職員は1万4000人以上、約170の職種がある巨大な組織だ。世界各地に事務所を設け、危機的な感染症が発生すれば、国内外の現場に駆けつけて調査する。

日本はどうか。厚生労働省の資料を基に共産党の田村智子参院議員が2019年4月、国会に提出した資料によると、感染症対策を担う国立感染症研究所の研究費は、2009年度に60億円を超えていたのが2018年度には40億円程度に削られた。325人いた研究者も20人減った。

今回の新型肺炎への政府の対応を受けて「日本にもCDCを」と求める声がやまない。東京都医師会の尾崎治夫会長は2020年2月12日の記者会見で「感染症研究所と国際医療研究センターは両方、国立だが、密接に関係を取り合ってやっているわけでもない」と発言。「今後、別の感染症がはやるかもしれない。先端的な役割をするCDCのようなものを日本でもつくってはどうか」と述べた。

元大阪府立公衆衛生研究所副所長で2009年の新型インフルに対応した高橋和郎(かずお)・国際医療福祉大教授(臨床検査医学)も「CDCに比べて日本は感染症対策の予算が少なく、人材も育っていない。日本版CDCをつくるなど、もっと対策を強化すべきだ」と語り、特にクルーズ船での対応を問題視した。「これから検証されるのだろうが、隔離策として失敗しているのは明らか。感染症の専門家が指揮を執るべきなのに、厚労省の官僚が指揮していた可能性もある」と指摘した。

「今回は大失態だ」と訴えるのは、勤務先の病院で感染対策委員長を務めた経験がある沢田石(さわたいし)順医師。「厚労省の意思決定がなっていない。議事録も残していないだろうから、クルーズ船の対応を誰が決めたのか、うやむやになる。感染症の専門家の誰を呼ぶかをあらかじめ決めておき、意見を聴いて、意思決定に反映させないといけない」と解説する。

識者提言「水際検疫」限界 各機関連携強化を

一方で、世界保健機関(WHO)で重症急性呼吸器症候群(SARS)の封じ込めチームのリーダーを務めた高橋央(ひろし)医師は「CDCと同様の機能を持つ機関は日本にもあり、新たにつくる必要はない。感染症研究所と各地の衛生研究所とが連携し、効率的に動けるようにすれば良い」と提言する。

強調したのは、検疫体制の強化だ。「SARS、新型インフル、新型肺炎で3度目の正直。今こそやらなければ」。本人の同意を前提に飛行機や船に乗る前、出国先で訪ねた場所が分かるようなスマートフォンのアプリを起動させ、一定期間、GPSで足取りをフォローする方法を提案し、こう警告した。

「これだけ多くの人が早く動く世の中で、入国者を一定期間留め置く『水際検疫』は現実的ではなく、もう限界。クルーズ船の対応と同じことを繰り返せば、日本はコロナウイルスの輸出国だと非難される」

デスクメモ

混み合った電車の中で誰かがせき込むと、露骨に嫌な顔をしたり、背けたりする人が増えたように感じる。気持ちは分からなくもないが、そんなことをしても何の意味もない。病気にかかるのは嫌だ。ただ、他人を疑い、必要以上に距離を取るような雰囲気にはなってほしくない。


人類をとりまく究極の災害 感染症 大流行 消えぬ脅威

2012年11月27日、中日新聞

細菌やウイルスが引き起こす感染症は有史以来、世界的流行(パンデミック)を繰り返し、そのたびに文明は存続の危機に立たされてきた。医療の進歩で多くの感染症が克服される一方、新たなウイルスが出現する。人類は今もその脅威にさらされている。

歴史は繰り返す

感染症の歴史は古く、紀元前の時代から人々を苦しめてきた。エジプトで発掘されたミイラには天然痘の痕が残る。ペストは6世紀、ビザンチン帝国(東ローマ帝国)で大流行。14世紀には「黒死病」として欧州全域で猛威をふるい、全人口の3分の1もが死亡したとされる。

20世紀に入ると新型のインフルエンザが周期的に発生。1918年のスペインかぜでは全人類の約3割が感染し、死者は4000万人以上に及んだ。

歴史は繰り返す。感染症の大流行にまたいつか見舞われると多くの研究者らが推測する。今、最も危険性が高いとみられているのが、鳥インフルエンザが変異した新型インフルエンザの大流行だ。2009年に世界に広がった新型インフルエンザはブタ由来のもの。これは病原性が弱かったが、懸念されている鳥インフルエンザウイルス(H5N1型)は毒性が強い。

H5N1型は2003年から主にアジアの家禽(かきん)類で流行。アジアやアフリカなどで人にも散発的に感染しており、世界保健機関(WHO)の2012年8月10日現在のまとめでは、これまでに359人が死亡(致死率59%)している。

まれにしか鳥から人に感染しないが、ウイルスが変異して人から人に容易にうつるようになれば感染が爆発的に広がる。感染症に詳しい元北海道小樽市保健所長の外岡立人氏は現状を「大流行の一歩手前」と分析する。

東京大とオランダの研究チームは2012年にそれぞれ、H5N1型のウイルスがわずかな遺伝子変異によってイタチの仲間のフェレットで感染しやすくなったとする論文を相次いで発表した。外岡氏は「少しの遺伝子変異で、人から人にうつるウイルスが誕生することが明らかになった。米国の別の研究では、現在の把握数より感染者が多い可能性が示されており、世界的大流行の危険性は水面下で高まっている」と主張する。

致死率6割に疑問も

H5N1型の新型インフルエンザの大流行では、どれくらいの被害が出るか。2005年に国連担当官がまとめた推計では、死者は全世界で最大1億5000万人。国内での死者は最大で厚生労働省が64万人、豪州の研究機関が200万人とそれぞれ予測している。

ただ、この被害想定には疑問の声も。理化学研究所感染症研究ネットワーク推進センター長の永井美之氏は「厚労省が出した死者数はスペインかぜのデータが基になっている。当時は抗インフルエンザ薬などもなく、今の医療体制とはまったく異なる」と指摘する。

永井氏の分析によるとエジプトでH5N1型に感染後、3日以内に抗インフルエンザ薬が投与されたケースでは致死率は6%にとどまる。「早期発見し、薬を早期投与すれば治療は可能。医療体制の議論を抜きに致死率約六割との数字が独り歩きしている」(永井氏)

20世紀後半からは、エボラ出血熱やラッサ熱、新型肺炎(SARS)など新たな感染症が相次いで現れている。これらのウイルスに対する備えは脆弱(ぜいじゃく)だ。

病原体の研究施設は4段階に分かれる。エボラウイルスやラッサウイルスなど最も危険度が高い病原体を扱うレベル4の施設(BSL4施設)は世界に約30カ所ある。日本では東京都武蔵村山市の国立感染症研究所内にあるが、住民の同意が得られず、BSL4施設としては稼働していない。永井氏は「常時、診断や基礎研究ができるようBSL4施設の稼働と新設を急がねばならない」と訴えている。

鳥インフルエンザ(H5N1型)の発生状況 WHOは2003年から集計を開始。2012年8月10日現在のまとめで、最も感染者数が多いのがインドネシアで191人。そのうち159人が死亡しており、致死率は83%に上る。感染者数は、エジプト168人、ベトナム123人、中国43人と続く。全体で見ると感染者数、死者ともに2006年をピークに減少傾向が続いたが、2011年はともに増加に転じた。